• Faculty of Arts / Art Award

2024_ナギソラ_03

わたしのおへそのうちとそと
ナギソラ(鬼河ひなた)
造形芸術専攻彫刻研究領域彫刻B研究室
サイズ可変
テラコッタ、音声プレイヤー、歌詞、映画のスチル写真

 薄暗い展示室にテラコッタの彫刻と歌詞、映画のスチル写真で構成された本作は、2024年に国立民族学博物館から出品依頼を受けて制作されました。まず中央に置かれたテラコッタの彫刻に、来場者は触れることを促されます。テラコッタという土を焼きしめただけの原始的な造形技法を用いることで、表面を撫でるとザラついた粉が掌に付着し、触覚的な余韻を残します。これは従来の視覚に依った彫刻体験とは違い、一歩踏み込ませることで、一方的に触れることの暴力的な感覚を呼び起こします。全体のフォルムは、身体の表面に出たへそから、胎内に繋がるドロっとした内臓のような形をしていますが、他方で艶かしく髪を垂らして横たわる女性のようにも、しっとりとした花の蕾のようにも見えます。次に鑑賞者は、へそ穴から小さな唄が聞こえてくることに気がつきます。これはかつて東北の村々で三味線を携え、唄を披露して渡り歩いた瞽女(ごぜ)と呼ばれる盲目の女性旅芸人をリサーチし、そこで作者が特に惹かれた「へそ穴口説き」という瞽女唄が流れています。壁に貼られた歌詞に目をやると、身体の穴(口、耳、鼻、女性器)には快楽が与えられているのに、へその自分は帯で締めつけられてばかりとぼやくユーモラスな唄ですが、その背後には瞽女の異性交遊禁止という戒律の厳しさからくる、妬みや嫉妬といった複雑な感情を読み取ることができます。作家はこれを瞽女唄ではなく、一人の女性が発したメッセージとして受け止め、彫刻の胎から蓄音機のような形状をしたへそを通って、瞽女の声を鑑賞者に伝えます。
 かつて光を失うことで、他の感覚が研ぎ澄まされた女性が感じとった世界は、作家がこれまでテーマとしてきた彫刻における非物質性や霊的なあり方と呼応し、現代における視覚優位の一元的な感覚とは異なる知覚の扉を開いているように感じます。